私は、円盤が嫌いだった。
ある日この街に現れて、それ以来湖の上に我が物顔で居座り続けている円盤のことが、私はずっと嫌いだった。
どれだけ目をそらしても、どんなに湖から遠ざかっても、霧弥湖町で暮らしている限り、それはいつどんなときでも私の頭上に浮かんでいた。
本当に、大っ嫌い。
街で暮らすほとんどの人は、もう円盤のことを気にも留めないようになってしまったけど、それでも私は円盤の存在を否定し続けた。
円盤反対のプラカードを持って、街の人だけではなく、外から観光に訪れた人にも訴え続けた。
チラシを何枚も作って、湖の周りのあらゆる場所で配り続けた。
協力してくれる人を探したくて、学校でも声を上げた。
だけど、円盤はなにも変わらない。
そこに浮かんで、今に見てなさいと指をさして宣戦布告する姿を馬鹿にするように、空高くから私のやっていることをただ眺めているだけ。
年月が過ぎて、小学校から中学校に進んでも、授業が終わって街に戻れば円盤は円盤のまま、変わらず霧弥湖の中心に浮かんでいる。
変わらない、街の空。
変わっていったのは、きっと私の方。
円盤を嫌いになって、円盤を拒否することに一生懸命になって──私はたぶん、それ以外のことが見えなくなっていたんだと思う。
──ううん。
本当は見えていたのに、見えないふりをしていたのかもしれない。
目をふさいで耳をふさいで、気がついたときには私はひとりだった。
大切な幼なじみのこはるは、昔と変わらずそばにいて、一緒の時間を過ごしてくれていた。
眼鏡をやめてコンタクトレンズにした以外は、幼い頃となにも変わっていないはずなのに、いつからか私はこはるを遠くに感じるようになっていた。
近くにいるのに、遠くへ行ってしまった幼なじみ。
──でも、そうじゃない。
こはるは本当にあの頃のままで、距離を感じていたのは私だけ。そんな私のことを心配して、ずっと心を痛めていた。
傷ついた心を、こはるは笑顔で必死に隠していたのに。
分かっていたはずなのに。
私はすべてから目をそらした。
そして、円盤を嫌いであり続けた。
円盤反対。
いつの間にか、もうそこから引き返すことはできなくなっていた。
だって私は、本当にたくさんのことを、円盤のせいにしてきたから。
──円盤が悪い。
──円盤さえ現れなかったら。
そう自分に言い聞かせることで、私は目をそらし続けた。
たったひとつの言葉を、口にすることができなかったから。
ひとつの言葉を飲み込んで、すべてを円盤に押しつけて、私はずっと逃げ続けていた。
逃げて逃げて、立ち止まって振り返ったとき、そこには私だけしかいなかった。
当たり前だよね。自分から、逃げたんだから。
子供の頃と同じ。たったひとつの言葉の大切さを信じることができず、代わりに出た言葉は、円盤反対。
本当に、大っ嫌い。
大嫌いなのは……私。
その本心を認めることができないまま、時間は過ぎていく。
そして、中学生最後の夏休みが終わったとき、私はふたりの女の子と出会った。
ひとりは、遠くから転校してきた優しい女の子。
そしてもうひとりは、真っ直ぐで純粋な少女。
ふたりとの出会いは、ずっと目を閉じて耳をふさいで、口をつぐんでいた私に、大切な機会を与えてくれた。
目を開けると、そこには大きくなったけど昔と変わらない笑顔のこはるの姿があった。遠くになんて、いなかった。
耳をすますと、懐かしい友達の声が聞こえてきた。天文台という自分たちだけの特別な場所で、ちょっとしたことにも一喜一憂して目を輝かせていた日々のことが、鮮やかに蘇ってきた。
みんなが、私の手を優しく引っ張ってくれた。
ひとりぼっちではないことを、ひとりだと思っていたのは私だけだということを、思い出させてくれた。
こはる。乃々香。ノエル。
それから……。
本当は誰よりも近くから、私のことを気遣ってくれていた──あいつ。
生まれたときから、私たちはずっと一緒だったんだから。
手を伸ばせば届くくらい近くにいて、横を向けば表情が分かるくらいそばにいて、どんなことでも言い合える関係だったはずなのに、私が走って行ってしまったから、いつからか、言葉を交わすこともできなくなっていた。
私が言わなければいけない、たったひとつの言葉を飲み込んでしまったから。
すべてを、円盤のせいにしてしまったから。
だけど、まだ取り戻せる。
目をそむけていたことを、乃々香が気づかせてくれた。
自分が悪いということを、こはるが張り裂けそうなくらい心を痛めながら、私に教えてくれた。
それでも足りなかった勇気を、ノエルが小さな手で渡してくれた。
だから──。
大っ嫌いだった円盤の下で、私はずっと言えなかったその言葉を、やっと声に出すことができた。
──ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ!
こはるに、乃々香に、ノエルに。そして、双子の兄である──湊太に。
──円盤反対!
──円盤を街から追い出そう!
私が言わなければいけなかった言葉は、そのどれでもなかった。
私は、円盤が現れてから自ら望んで見上げることがなくなってしまった霧弥湖の広い空に向かって、永く俯いていた顔を上げた。
円盤は、今も変わらずこの街に浮かんで、私たちを見つめている。