「もしかしたら、星が見えるんじゃないかなって、そう思って」
ぼんやりと空を見上げながら歩いている彼女に、そばにいた友達の女の子が、どこか呆れながらもその理由を訊ねたとき、聞かれた当人がさも当たり前のように返した答えが、その言葉だった。
「星って……。今、どう考えても真っ昼間なんだけど……」
友達が、呆れるを通り越して途方に暮れながら、彼女が見ている星どころか雲ひとつない青空に、眩しそうに手のひらで影を作りながら顔を向けた。
中学校からの帰り道。制服姿のふたりの女の子が、冬にしては珍しい強い日差しの中を、ただ一緒に帰宅している。
それだけの時間。
この日は午前中までの授業だったので、太陽はまだ高い場所にあった。
「だって、昼間だからって、星が消えてなくなるわけじゃないんだよ? 見えないだけで、間違いなくそこにあるんだーって考えたら、嬉しくなって、もう我慢できなくてっ!」
彼女は立ち止まり、言葉通りの興奮気味の笑顔で、同じ空を困惑気味に見ている友達に、溢れる自分の感情を素直にぶつけていた。
そんな彼女の様子とは真逆に、友達が冷静に呟く。
「ほら、興奮するから、よだれ出てるよ」
「ええっ!? 嘘」
慌てて、彼女が手で口元を拭う仕草。
「嘘だけど」
「ひ、ひどいっ! 騙したんだっ!」
そんな彼女のまったく迫力のない、むしろ微笑ましくすらある怒りの様子を楽しそうに観察しながら、友達が謝る。
「ごめんごめん。あ。でも、星空を見てるときは、いつもよだれ垂らしてるけどね」
「そ、そうなの……?」
「嘘だけど」
「うーっ!」
言葉にならない苦情をぶつける彼女。
「それくらい、空に見入ってるってこと」
「……だって、好きなんだもん」
彼女が、恥ずかしそうにもじもじと呟いた。
そんな姿を見て、友達が満足そうに続ける。
「それにしても、もうすぐ中学校も卒業して、高校生になるっていうのに、本当、昔っから変わらないよね」
「私?」
「おっとりしてるっていうか、のんびりしてるっていうか、このまま大人になる姿がまったく想像できないっていうか」
「自分ではよく分からないけど……」
「成長してないっていうか」
「そ、そんなことないよ! 私だってぐんぐん大きくなってるんだから!」
彼女は、背伸びをするように、大きく空に向かって両手を伸ばす。
「はいはい。身長のことじゃなくて、そういうところが子供の頃と変わらないって言ってるの。子供の頃から空ばっかり見上げてるし、雨が降っても雪が積もっても、今でも毎晩星を見に行ってるんでしょ?」
「だって! 本っ当に好きなんだもん!」
「さっきも聞いたって。まあ、聞かなくても知ってるけど。それにしても──」
友達が、彼女の姿を改めて見つめる。
「な、なに?」
「その特殊な趣味を理解してくれる人を見つけるのは、大変そうだ」
「特殊って……」
「私は友達としてちゃんと理解してるけど。というか、慣れたけど。これから出会う素敵な男性は、果たして特殊な趣味についてきてくれるかどうか……」
まるで深刻な事態と向き合うように、友達がわざとらしさを含んだ真剣な声で呟いていた。
勝手に心配された彼女は、突っかかるように、
「ぜんっぜん、特殊じゃないよ!」
「デートが毎回天体観測っていうのもね……」
「だからっ!」
それは、中学生の女の子が一緒に帰宅しながら、他愛ない会話と、なかばお約束になっている普段のやりとりをしているだけの、日常の一幕。
友達が、ふと思いついたような表情で、彼女に向き直る。
「そうだ──。ね、花織」