空に浮かぶ雲のように散らばった意識のかけらが、ゆっくりと風に運ばれて集まってくる。
ぼんやりとして、あやふやだったものが、ひとつの風景へと移り変わっていく。
私は、その中心でただ身を任せているだけ。
ゆらゆらと、私自身が揺れている。規則正しく、息づかいを繰り返すみたいに。
心地よくて、それなのに胸が締めつけられるように苦しい。
いつの間にか、雲は私の周りに集まって、ひとつの風景を形作る。
「──?」
私は、首をかしげる。かしげた、と思う。
ここは、部屋の中。知らない場所。澄んだ空気は少し冷たくて、木々を思わせる自然の香りが、色濃く鼻をくすぐる。
また、私の身体がゆっくりと揺れる。見覚えのない部屋が、上下に揺れている。揺れているのは私の小さな身体で、そんな私を温かな手が後ろから優しく包み込んでいた。
歌が、聞こえてくる。
大好きな歌。大切な歌。
私のすぐ後ろに、大好きで大切な人がいる。
私を抱きしめる温かく柔らかい手が、私の頭をそっと撫でた。
私は──本当は嬉しいのに、どこか気恥ずかしくて、そのことを大好きな人に知られたくなくて、真っ直ぐに前を向いて、揺れる床に視線を落としていた。
意地っ張りな私。
今すぐにでも振り向きたいのに。
優しい笑顔がすぐそばにあるのに。
一緒に、歌いたいのに。
上手だねって、褒めて欲しいのに。褒めて欲しいから、内緒でずっと教えて貰った歌の練習だってしているのに。
そのときの小さな私はただ、ぎゅっと自分の服の裾を握るだけ。
ほんの少しの勇気を出せば、振り返ることだってできる。そうすれば、すぐそばにある大好きな笑顔を見ることができる。
私は、ありったけの思いを込めて、顔を上げる。
振り子のように揺れる椅子に座っている、私の大好きな人。その膝の上にちょこんと座っている、小さな私。
恥ずかしさも照れくささも押しのけて、私は後ろを振り向く。
──振り向いた、はずだった。
だけど私の身体は、まるで水の中にあるように、自由に動くことができなかった。
近くにあるはずの笑顔が、ずっとずっと遠くへ行ってしまうように感じて、私は自然と涙がこぼれていた。
大切な人のことを、何度も何度も呼び続けた。
それなのに、伝えたかった言葉はまるで水に溶けるように声にならない。
──どうして?
私は戸惑い、必死に身体を動かそうとする。だけど、身体を動かそうとすればするほど、私の意思は手足に伝わらず、小さな私は今もまだ、揺れる床を見続けているだけ。
やがて、すぐそばにあったはずの大好きな手が、温もりが、私から離れていく。
歌も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
──待って! まだお話ししたいこと、伝えたいこと、たくさんたくさんあるのに!
揺れる心。再び風が吹く。
集まっていた意識が、もう一度風に吹かれてちりぢりになっていく。
空に散らばったそれは、もう雲ではなくなっていた。
これは、そうだ──いつもあの場所で見ていた、夜空に浮かぶ星。
そのとき、私はやっと気づいた。
ううん。
本当は最初から分かっていた。
分かっていたのに、認めたくなかっただけ。
今、私が見ているものは、見ていると思っていたものは──全部、夢なんだ。